スタッフだより

第45回 七夕にまつわる新発見!

2011年6月12日

7月7日は、織姫と彦星が天の川を渡って一年に一度出会うという七夕の日です。科学館でも プラネタリウムキッズタイム「たなばたのおはなし」や「かわり七夕飾り」ワークショップ」を開催しています。そんな、私たちにおなじみの七夕には、どんな歴史や由来があるのでしょうか。天文担当の嘉数学芸員に話をききました。

では、まず「七夕」について教えてください

七夕は、季節の節目に行なわれる年中行事の一つです。空で輝く織姫と彦星が一年に一度、天の川を渡って会うことができる日だという伝説にちなんで、さまざまな行事が行われています。
織姫と彦星の七夕伝説は中国で生まれたもので、約2,000年の歴史があります。そして、女性たちが天で機織りをする織姫に裁縫の上達を願うようになり、さらには書道や詩歌の上達なども加えて技芸全般の上達を願う「乞巧奠(きこうでん)」という七夕行事に発展していったようです。

日本に入ってきたのはいつごろですか?

七夕伝説や乞巧奠(きこうでん) が日本に伝わったのは奈良時代で、万葉集にも七夕にちなんだ歌が登場します。乞巧奠(きこうでん) は、宮廷行事として行われました。
その後、時代とともに庶民にも広がり、江戸時代には全国で七夕祭りが盛んに行われています。

七夕祭りといえば笹飾りですが、それ以外にもあるのですか?

現代の私たちは短冊に願い事を書きますが、江戸時代には和歌を書いていました。これは和歌の上達を願うことから来ています。また、踊りを教える師匠は弟子たちを家に呼んで踊りの会を開きましたし、裁縫を教える家では子弟が千代紙で小さな服を作って、織姫に供えたそうです。書道の上達を願う人は、朝早くに、芋の葉についた露を集めて墨をすり、書道をしたといいます。素麺を食べる風習もありましたよ。

そんな風習はどうやって調べるのですか?

プラネタリウムなどで話をするとき、星祭である七夕の話題に触れることも多いので、いろいろ調べていくようになりました。お祭りの事ですから、天文学の本には載っていません。民俗学や歴史の本で調べます。実際に七夕祭りを見に行くこともあります。

(『銀河草子(ぎんがそうし)』の一部)
そんな中で先日、七夕について詳しく書かれた『銀河草紙 (ぎんがそうし)』という江戸時代の本に出会いました。

どんな本なんですか?

江戸時代後期の1835年に、池田東籬(いけだ とうり)という人が出版した本です。七夕の歴史や風習の由来などが、たくさんの絵とともに紹介されています。さきほどお話しした江戸時代の風習は、全部『銀河草紙(ぎんがそうし)』に紹介されていました。
『銀河草紙(ぎんがそうし)』は、文学史などの分野では名前が知られていた本ですが、プラネタリウムや科学館の学芸員仲間で知っている人はいませんでした。そういう意味では新発見と言えるでしょうね。

(左)天の川と織姫、彦星の図  (右)乞巧奠(きこうでん)の風景

最後にひとこと


嘉数学芸員

周りの誰もが知らなかった本を読むので、ワクワクします。ただし、中身は「くずし文字」で書かれているので、スラスラとは読めないところが残念です。 でも、七夕の伝説やお祭りの話は、プラネタリウムでは必ずと言って良いくらいに登場しますから、きちんと調べて、情報提供したいと思っています。


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